変革者

「隊長! もう……我々では無理です!」
 弱音を吐く部下の顔を見て、私はその言葉が真実だと悟った。 血色の悪い青ざめた顔。 肺が急激な運動に耐え切れず、酸素の供給が追いつかなくなっているのだ。
「ならば無理に付いて来ることはない。私に続ける者だけで構わん!」
 そう言った時の私のかすかな舌打ちに、彼らが気付いたかどうか。
(軟弱な……この程度のものか)
 もっとも、私とて分かっている。 これでも彼らはエリートと呼ばれる者たちなのだ。 それでも、この程度でしかない。
「しかし……逃がすわけにはいかない!」
 私は目の前を駆ける影を、きっとにらみ付けた。

 ダーク・スター。
 その男の名が人々の口に上り始めたのは、最近のことであった。 人々は彼らをこう呼んだ。
 義賊、と。
 このエッセンシャル・ランドの名家と呼ばれる家々に入り込んで財宝を盗み、人々にばら撒く、義賊。 それがダーク・スターと呼ばれる男の仕事だった。 そしてそれは、明かに他の「義賊」とは異なっていた。
 歴史を紐解けば、義賊と呼ばれる存在は決して珍しくないと気付くだろう。 そして、その多くが実は、盗んだ金の一部しかばら撒いていない、と言うことにも。
 そう。義賊などと言うのは、所詮人心を味方につけるだけのパフォーマンスでしかない……筈だった。
 が、ダーク・スターは違った。  彼は盗んだ金を全額ばら撒いていたのだ。 つまり、リスクだけでメリットがない仕事。
 おまけに、色々な奇談も囁かれていた。
 曰く、ある家では、その家の少女に「失礼」と口付けをして、こう言ったというのだ。
「あなたの心を頂いた以上、この家にこれ以上の宝はありますまい。失礼する」
 事実、彼に侵入されたもののなにも盗られなかった家は、かなりの数に上った。 そこから、
「彼は入った家が悪いことをしていなければ、何も盗らない」
ということが、まことしやかに囁かれていた。

「欺瞞だよ」
 数日前あの男は、私の目の前で吐き捨てるように言ったものだった。
 と言っても、私にはその顔は見えない。 私と彼の間はカーテンで遮られているからだ。 しかし、その正体は分かりきっている。
 ターナー家。
 この「世界」を作ったとされる「サブラン」。 その血を引き継ぐと言うだけの理由でエッセンスを牛耳っている名家、ターナー家。 その一員か、もしくはその使い走りをやらされて虎の威を借りている小者か。 どちらにしろ、このエッセンスでの最有力人物の一人であることに違いはあるまい。
 その男が、苦々しく言う。
「民衆は彼を英雄、変革者であるとさえ言っている。 くだらんよ。貧乏人に金を回したからと言って、世の中が良くなるとでも言うのか。  そんなのは見せかけだ。 真に変革を望むなら、そのシステムそのものを変えなければならない。 そして、それが出来るのは我がターナー家だけだ。 それを民衆は、わずかな目先の金で喜んでいる。愚民どもが」
(民衆が愚民だからこそ、アンタみたいな愚物でも大きな顔がしていられるんだろう?)
 そう言いたくなったが、やめておいた。 政治屋にとって、言葉は他者とのコミュニケーションの道具ではない。 ただの自己満足の道具だ。
 何を言っても分かるまい。 その「わずかな目先の金」で、夜のスープの具に肉が加わることを喜ぶ、民衆の気持ちなど。
「ともかく! 私はあのような奴をのさばらせておくのは実に不愉快だ。 即刻捕縛しろ。殺害も許す。 悪党が事故死したところで、何も差し支えはない」
「はい。承知致しました」
 頭を下げた私に向かって、彼は嫌らしい笑みを浮かべた。
「期待しているよ、アルフ。 君が何故ここにいるのか。何故ここにいられるのか。 それをよく考えることだ」
「はっ!」
 こんな奴に言われるまでもない。 この私……警備隊長アルフレッド・スカーリーが必ず彼を捕縛する。
 平穏なる秩序を乱す者を。

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