変革者

 突風に乗り、私は奴に肉薄する。 腰に差していた長剣を抜き放ち、すれ違いざまの一撃を狙う。 魔法使い、と呼ばれる人種の弱点。 それは、その多くが体を使う技に慣れていないと言うこと!
「ほう……!」
 しかし、奴は私の一撃を平然と受けとめてみせた。こいつ……剣もできる!
「狙いはいいがな、私はそれほど甘くはない。弱点などと言うものがあると言うほど甘くは、な!」
 その手に握られているのは、二本の短剣。これで私の攻撃を受け流したらしい。 なるほど、確かに技量は私より上かもしれない。
 と、唐突にダーク・スターが急降下を始めた。地上に降りるつもりらしい。 見ると、既に太陽が昇りかけている。身をくらますつもりか。
 大地に降り立ったダーク・スターが家々の間を走り出す。その眼前に、私は降り立った。剣を向ける。
「逃がしはしないぞ。貴様のような奴はな」
「君もしつこいものだな。普通の警備兵ならとっくにあきらめているものなのだが」
「諦める事には慣れている。だからこそ、そうそう諦めてばかりもいられない」
 振り下ろした長剣を、二本の短剣が受けとめる。早朝の街に、剣戟の音が響き渡る。
 ダーク・スターが心底不思議そうに言う。
「君はなぜ、そこまで怒っているのかな?  私には理解出来んよ。私のしたことで喜んでいる者こそおれ、悲しんでいる者などおるまいに」
「お前のやっている事は、秩序を乱している。それが罪となる!」
「なるほど。確かにターナー家のような者にとっては、自分の秩序を乱されるのは不愉快だろうな。 そうか……所詮君もターナー家の犬、と言うことか」
「確かに、事実だな」
 遺憾ながらそれを認めなければならないことを、私は知っている。 今の警備隊は、確かにターナー家の私兵と化している。だが、
「だが、それがお前のやっている事を肯定するわけではない。お前はただの犯罪者だ」
「違うな。私は変革者だよ。人々がそう言っているだろう?  民衆は変化を求めている。それに応えるために私が来た」
「そんなのは、所詮ゴシップ感覚のものにすぎない。 民衆はな、自分は安全な場所にいて、見物する事だけを求めているんだよ。 自分の身に危険が及ぶ変革など、誰が求めるものか!」
「だが、この秩序をみな息苦しく感じている。ならばそれを壊すのは、むしろ必然!」
 あまりに自分と異質な考えに、頭がくらくらしてくる。 異なるものを拒絶する生理が、反論を口から吐き出させる。
「この秩序でみんな平穏に暮らしているんだ。 殺人も強盗も皆無に近く、みんな退屈しながらもどこかその退屈に安心している。 それを何故わざわざ壊す必要がある!」
「サブラン、か……」
「!?」
 いきなり出されたその単語に、私は一瞬とまどう。 すべての造物主。 偉大なる創造者。 光ある者。 それがサブラン。
「そう。確かに彼は偉大ではあった。だが、惜しむらくは彼は偉大過ぎた。偉大過ぎたのだよ」
「何を……何を言っている……?」
「君には分かるまい。分からずとも良いが、私はそれを身を持って体験している」
 そう言ったダーク・スターは、急に私に背を向けた。
「逃げるか! ファイアー……」
 魔法を発動させようとして、それを止める。 おそらく奴の技量ならば、背を向けたままでもこちらの魔法を無効化してしまうだろう。 だからと言って剣を使うには、いささか間合いが遠すぎる。
(あれなら?)
 唐突に考えが頭に浮かんだ。
 伝説の呪文と言われるアレ。あの呪文なら、あるいは……。しかし、できるか?
 いや、やるしかあるまい!
「東の青龍よ、今こそ飛翔し嵐を起こしたまえ……」
「なに!」
 ダーク・スターが慌ててこちらを振り向いた。 その鴉を象った仮面から覗くかすかな表情は、明らかに動揺に満ちている。
「馬鹿な……その呪文は!」
「西の白虎よ、風の如く駆けたまえ!  南の朱雀よ、守りし天空より降りてきたまえ!  北の玄亀よ、今こそ動き流れを創りたまえ!  心の麒麟よ、今こそ神速を見せるときなればその威容を見せたまえ!」
 奴の動揺には構わず、一気に呪文を唱える。伝説の魔法と言われる、この魔法を!
「目覚めし五守護神よ、我は汝らの助けを必要とし時なり。我に力を見せよ!」
「よせえええっ!」
 私は、その名を叫んだ。
「デニタルッ! インフルゥゥエンスゥッ!!」
 そよ風が、吹いた。爽やかに。
 それだけだった。
「つっ……」
 私は膝をついた。身体中の魔力を、根こそぎ持って行かれたようだ。
「ふ、ふふ……。さすがに君でもその魔法は無理だったか。 あれほど大掛かりに詠唱しておいて、そよ風ひと吹きとは。 いや、むしろ紛いなりにも発動させたことを褒めるべきかな」
 先ほどの動揺を見事に仮面の下に覆い隠し、ダーク・スターは笑う。 確かに、笑われても仕方がない。ここの魔方陣の力を借りればあるいは、と思ったが……。
「ともかく、私は失敬しよう。また会う日もあるだろうからな」
「待て……」
 と言っても、体はさきほどの魔法発動の失敗で全く動かない。奴は悠然と去っていく。
「く……待……」
 地面に張り付いたような体を持ち上げようとする。 だがそこで、私のささやかな抵抗は終わりを告げた。 視界に暗幕が下りてくる。
 そこで、記憶は途絶えた。

「つまりは、取り逃がしたというわけか」
「遺憾ながら、そういうことです」
「使えんな、君も」
 あからさまな侮蔑だが、否定する事も出来ずに黙って頭を下げる。 結局、気絶した私は部下達に助けられて、本部に運び込まれた。
 カーテン越しに、ターナー家のお偉いさんが優越感をにじませた声で言う。
「分かっておろうな。貴様のやるべき事は」
「はい。 秩序維持のため、奴は私が必ず捕らえます。 事実、治安の乱れも出始めており、強盗が昨晩だけでも何件も……」
「ああ、それは私が手の者にやらせた」
「は?」
 思わず間抜けな声を発してしまった私に、哀れんだような視線がかかる。 カーテン越しでも感じられるそれは、 明らかに「まったく、これだから愚民は……」と語っていた。
「いいか?  こう言うことが続いてみろ。 愚民どもは『ダーク・スターなんてのが出てきてから治安が悪くなっている』と思うだろう。 奴が民衆受けしている、その事実自体が十分問題なのだ。 奴から人心を離反させなければならん」
 そのためなら民衆の家に強盗に入っても良い、と言うわけだ。
(これが権力者の論理と言う奴か……)
 まさかそう言うわけにもいかず、ただ黙って頭を下げる。
「ともかく。そうそう取り逃がしてばかりもいられん。 我がターナー家に手を出したのだからな」
 なるほど。 これが本音か。
 しかし、奴も愚かな事をしたものだ。 わざわざターナー家などに手を出してしまったばかりに、これほど本腰を入れさせてしまった。
 いや……。
(本当に賢ければ、強盗なんてことはしないか)
 思わず苦笑していると、途端に
「何が可笑しい!」
と声が飛んでくる。 あわててしかめつらしい顔を作り、言ってみせる。
「いえ……とにかく、任務遂行に全力を傾けます」

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