変革者

 結局、一時間近くも叱責、嫌味、あげくは全く関係ない自慢話まで聞かされてしまうハメになった。 一礼してドアを閉めた私の顔は、おそらくかなり憔悴していた事だろう。
 警備隊室に帰ってくると、やっと馴染みの空気が感じられた。 ほかの隊員はパトロールか非番で、部屋には誰もいないようだ。 襟を緩め、ほうっ、とため息を一つつく。
 そこに揶揄混じりの声がかかった。
「ずいぶん苦労したようだな、アルフ?」
「あ……隊長」
 慌てて敬礼をとる私をなだめるように、彼は笑みを浮かべた。
「よせ。今の隊長は君だ。私はただの老いぼれだよ」
 当人はそう言うが、彼とてまだ四十代後半に過ぎない。 それがこうも老成した感を相手に与えるのは、おそらく彼が経てきた苦労のためだろう。
 彼の名はリューグ・ターナー。私の前の警備隊長にして、今は顧問と言う形をとっている。
「コーヒーでも、どうかな?」
「頂きます、先輩」
 ポットから注がれた黒い液体を、私は一口啜る。生温い。
 彼も自分のカップにコーヒーを注ぎ、私の前に座った。
「どうやら君でもアレは大変らしいな」
「いえ、そんなことは。ターナー家の方々の有難いお話を伺う事ができて、私は心から……」
「君は相変わらず世辞を言うのが下手だな。なら、いっそ言わないほうがいい」
 赤面する私を慰めるように、彼が言葉を継ぐ。
「まあ、あの重役連中の話は、おなじターナー家の私ですら憂鬱になるほどだ。無理もない」
「はぁ……恐縮です」
 自分でも見当違いと分かるような返事を返し、誤魔化すようにコーヒーを啜る。生温くて、やっぱり不味い。
「ところで、君が呼ばれたのはやはり、あのブラック・シャドーとか言う怪盗の事かな?」
「……ダーク・スターです、先輩」
「そうだったかな。現役を離れると情報に疎くなるものでね」
「先輩は、どう思いますか?」
 私は、単刀直入に尋ねた。彼の、実戦で鍛えぬかれた洞察力は、私など到底及ぶ所ではない。
「ふむ……私が奇妙に感じたのは、侵入したものの、物を盗まなかった家があまりに多い事かな」
「……と言いますと?」
「もうこれで六件目だぞ? 少しばかり妙だと思うだろう、君も」
「それをどう解釈しますか?」
「君は私に頼りきりだな。少し自分の頭も使ってみたまえ」
 そう私をたしなめながらも、彼は答えを教えてくれた。
「と言っても、私にもハッキリ分かるわけではないのだがな。 ただ、『盗まれた物』と言う視点を変えてみても良いかもしれんな」
「はぁ……」
 分かったような分からないような気分になった時、いきなり彼が私の首筋を引っ張り、耳に口を寄せた。
「せ、先輩何を?」
「静かに。これは他の者には絶対洩らしてはならん。良いな?」
「は、はい……」
 思わず緊張に背を伸ばした私の耳もとに、かすかに聞こえるか聞こえないかの声で、彼は言った。
「私はな、アルフ。警備隊の中に内通者がいるのではないか、と疑っている」
「!  まさか……」
「そうとしか考えられんだろう。いつもいつも警備の裏をかかれる。 誰かが洩らしているのだろうな、警備計画を。 いや、あるいは……隊員の中にダーク・スターが」
「そんな! 私は彼らを信じ……」
「静かにと言ったはずだぞ、私は」
 私を叱り付けた後、彼は私の耳元から口を離した。 そして、厳しい口調でこう言う。
「いいか。今の事はくれぐれも他言無用だ。無用の混乱を招く。私は君を信頼して言ったのだからな」
 彼は立ち去った。重い言葉を残して。 そして私の頭には、ある疑念が浮かんでいた。
(まさか……)

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