変革者

 その紙に記されている通りの場所に、それはあった。 一見ただの壁。だが、指定されたパスワードを唱えることで、そこに扉が開かれた。 その先には、螺旋の階段が連なっている。
 ここまで来て臆する事はできない。もはや行くしか、ない。
 そう思い、私は歩みを進めた。無限に続くかと思われた階段もやがて終わる時を迎え、私は底に降り立つ。
「エッセンスに、こんな場所があったとは……」
「ようこそ。よくぞ臆せず我が招きに応じてくれた。まずはそれに礼を言わなくては、な」
 予想通りと言うべきか、ダーク・スターが闇から抜け出るように現われてきた。 そこに私は、苦渋の思いで言葉を投げかける。
「もう茶番は終わりにしましょう、ダーク・スター……いや、リューグ先輩」
「ほう……いつ分かった」
 感心したような声を上げながら、ダーク・スターは仮面を取った。 芝居がかった動作でそれを投げ捨てる。その下には見慣れた、リューグの顔があった。
「いつ分かった、ですか。あなたがダーク・スターの名前を間違った時です。 あなたほどの情報通が、そんな凡ミスを犯すとは思えません。 となると、あれは『自分はダーク・スターなどさして興味もない』という、演技」
「見事だな。私の後継者と言うだけのことはある」
「茶番は終わりにしようと、言ったはずですが」
 胸の奥から涌き出る嫌悪感を必死に抑えながら、私は言った。
「あなたがもし本気になれば、私が気付くはずなど無かった。 あなたはわざと私に気付かせた。わざわざ下手な芝居をして、御丁寧に内通者の話までして。 これを故意と言わずして、何と言うのです?」
 そう。私はこの男の誘導に従っただけ。ヨチヨチ歩きの子供が、母の手にすがって歩くように。 「ふふ……聡いよ。だから私は君を選んだ。私の計画の、最後の見届け人として」
「……話していただけるんでしょう? ここまで私を導いたからには」
「無論だよ。では、これから始めるとしよう。長い話をね」
 そう言うと、リューグは私の傍らに腰を降ろした。ひと呼吸置いて、話し始める。
「私はかつて君に、サブランは偉大過ぎたと言った。その意味を教えよう。
 彼はこの世界を作った。そして、そこに完璧なシステムを作った。 それは余りに完璧で、長い歴史を経ても微動だにしなかった。 そして今も、ターナー家の専横という誤差こそあれ、ほぼ全て正常に動いている。
 だが私はそこからはじき出されてしまった」
「はじき出された?」
「そうだ。君は知らんだろうがな。君達が世界と思っているここは、ただの小さな浮島にすぎん。 外にはもっと広い世界が広がっている。私はそれを見てしまった。  そう。もう数年前になる。私は故あって、このエッセンスから落下してしまった。 私は幸運にも命を取りとめ、そしてここに戻ってきた。だが、戻ってきた私は、かつての私ではなかった」
「……どういうことです?」
「私は知ってしまったのだよ。外の世界を。そしてここではそれは、異端となってしまうのだ。  私はターナー家の一員であると言う理由で、記憶消去を免れた。だが私はそれ故に異端でありつづけた。
 どんなシステムでも、不完全なところはあるものだ。 だが、そこにアウト・ローの逃げ場が出来る。しかしここにはそれがない。 私のような異端者は、ただ排除されるべき存在でしかないのだ」
 リューグは、ひどく淋しそうに笑った。
「サブランは完璧だった。だが、人はそうではない。 不完全なものに、無理やり完全な枠をはめる。君は秩序と言う。 だがそれは、私のような異端者を排除する事で成り立っているものなのだ」
「だからあなたはこんなことを企んだと?  この世界……あなたの言う完璧なシステムを壊すために?」
「君には分からんのだよ。この……」
 言いかけ、リューグは口を閉ざした。そこに、自嘲とも苦笑とも取れる笑みが浮かぶ。 理解者を求め、そしてそれを拒絶されて来た者の笑みだ。
「いや、本当に分からんだろうな。このちっぽけな浮島を世界の全てと思って来た人間にはな」
「いいや……私は知っています」
「なに?」
 思わず問い返すリューグに、私は語った。誰にも話した事のない話を。
「私もあなた同様、落ちてしまった。そして、やはり戻って来た。 私はその卓越した魔法の能力を見込まれ、記憶消去を免れました。 記憶と魔法の能力は、密接な関係にありますから。  その代わり私は警備隊員として、ターナー家の私兵となった」
「……なら!」
 リューグは私に詰め寄る。襟を掴み、。激しく揺さぶって来る。
「ならなぜ、私のように戦おうとしない!  見たのだろう、君も。あの世界を。ならば分かる筈だ」
「私には、その気概がない」
 自嘲だとは、自分でも分かっている。でも、私にはこの答えしか残されていない。 後はすべて捨ててしまった……ずっと前に。
「教えてください、リューグ。 あなたは魔法を封じる事で、民衆に自分の立つものの弱さを思い知らせた。 次は何をするのです?」
「我々は新たな世界へ向かう。そうすればターナー家の勢力も及ばない。 自由だ。サブランなどに縛られる事のない理想郷、それを作る事が出来る」

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