変革者

「……欺瞞だ」
「なに?」
「欺瞞だ、と申し上げた!」
 私はもう聞いていられなかった……それに賛同しそうな自分が怖くて。
「あなたがどれほど見たのか、それは知らない。 でも私は、おそらくあなたより多くの事を見た。そして知った!  地上の世界もくだらない事で争いを繰り返している。  理想郷なんかじゃない。新しい戦いの火種を持ち込むだけだ!」
「やはり我ら同士もまた異質な存在、分かり合う事はできない、か……」
 ひどく惜しげにそう洩らし、リューグは立ちあがった。埃を払い、私の目を見る。
「どうやら我らに残された道は、ただ決別あるのみのようだ……行くぞ」
「私も残念です、リューグ……我が偉大なる友よ」
 私は彼と間合いを取った。 がらんどうの空間を静寂が支配し、かすかに吐く息の音だけが反響する。
 そして二つの音は徐々に近づいていき、重なり、……
 動いた!
「ファイヤーボール!」
「迫りきし炎よ我が前より消えたまえ……アンチファーリー!」
 先に仕掛けたのはリューグ。 その炎球を耐火魔法で打ち消し、私はリューグの懐めがけて走る。 白兵はあちらの方が上手なのは百も承知…… しかし、ここまで来て小細工など何の役に立つものか!
「シャッ!」
 裂帛一閃、長剣を振り下ろす。それを受けたリューグの短剣が、力の向きを変えて受け流す。
「同じ手はそうそう通じんよ」
「……あなたも」
「な!?」
 驚くリューグの腹に空いている左手を押し当て、叫ぶ。
「ブレイズッ!」
「ちいいっ!」
 体を捻るリューグ。放った閃光に、手応えは余りない。 だが、あたりに肉の焼ける嫌な臭いが立ち込める。かすりは、したか。
 表情をかすかに歪めながら、リューグが呪文を唱える。
「雷光ひらめかせ、我が前にその……」
「させるかっ!」
 振りぬいた剣を戻す反動を用い、回し蹴りを放つ。 呪文詠唱と傷の痛みで集中力を奪われていたらしい奴は、あっさりとそれを受けた。床を弾むように転がる。
 ……やはり。
「考えてみれば、魔力が減衰しているのは私だけでは無かった。 あなたとて、ある程度以上の威力の呪文になれば詠唱なしで発動できない。 まして、ガスティーエッジやスウィーピングファイアーの発動は、私同様あなたもまたできない。 違いますか!」
「その通りだよ」
 治癒魔法で腹の傷をふさいだ彼が立ちあがる。そして、私に哀れみの視線を向けてくる。
「しかし、君も気づいている筈だ。ここで戦えている事じたいが、君の異質さを証明していると」
「……おっしゃりたい事がよく分かりません」
「目をそむけるな。今、上で偉ぶっている連中のほとんどはファイアーボール一つにも呪文を必要としている。 詠唱なしで小技なら発動できる君との差は、あまりに大きい。彼らは反撃すらままならないだろう」
「それがどうしたと? 革命でも起こせと、そうおっしゃりたいのですか」
「君には無理だろうな」
 その言葉には、明らかに憐れみが込められていた。
「自分が異質なものであると認めたくない。 だからやつらと言うシステムの走狗となり、その一部に取り込まれた。 だが君も気づいている筈だ。 もし彼らが君の必要性をうしなったり、あるいは君の真の危険性に気付いたら……」
「消される、でしょうな」
 私はそれを認める。認めざるをえない。認めざるをえないが……。
「それでも私は、この秩序を守りたい。 たとえそれが、偽りと我欲と矛盾とを含んでいたとしても。 真実の混乱より、偽りの平穏の方を私は選ぶ」
「それは愚民の発想だよ!」
「愚民ですよ、私は……そして、あなたも」
「フン……どういう意味かな?」
 私はもう気付いていた。彼の欺瞞に。彼自身がもっとも嫌悪したものが、彼自身の中にあることに。
「下の世界は、戦乱に満ちていた。血が流れ、子が泣き、そして死んで行った。 私はそれを見た。だから言える。偽りの平和でも、それは良いと。  あなたはただ綺麗なところしか見ていない。あなたもまた幻想に逃げているんだ。ユートピア幻想に」
「古来より革命家は夢想家だよ。永遠に手に入られないだろう理想を夢見て動く」
「だが彼らは世界を、自分の足元を変えようとした。あなたはただ……逃げているだけだ!」
「君の考えは、甘いな。私はそこまで愚かではない」
 嘲笑を浮かべると、リューグは懐から銀色の球体を取り出した。 宝珠、だろうか。それは見方によって、虹色にも見える。
「それは?」
「オリハルコン、と言うのを聞いた事があるだろう」
 無論、私も知っている。卓越した魔力増幅性を持つ、希少なる金属。それがどうしたと言うのだ?
「これを私は、五芒星の中心に置いておいた。 この中にはエッセンス全土から集められた魔力が入っている。そして増幅され、解放の時を待っている」
「な……もしそんなことをしたらどうなるかお分かりか? それは今、巨大な爆弾になっているのだぞ」
 私の問いに答えず、代わりに彼は別な事を言った。
「アナザーワールド異なる世界、というものを聞いた事があるかな?」
「今はそれどころじゃない、早くその宝珠を……」

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