一人

 立ち入り禁止の札がぶら下がった鎖を越え、俺は半地下に降り立つ。 舞いあがる埃が、長い間誰もここに来なかったことを示す。
 誰もいない時間。人の気配はない。 かつての教室も、今では不用になった机が乱雑に積み重なっているだけだ。
 窓から差し込む夕陽の紅い光が、舞い上がる埃に一筋の筋を作る。 そしてその光は、少女の姿も映し出した。
「お兄ちゃん、来てくれたんだ」
と、少女―舞は言う。その身体を透して、後ろの風景が見えている。
 幽霊。
 その事に気付いていないように、舞は笑う。
「私、ずっと待ってた……お兄ちゃんに呼ばれてから、ずっと」
 そう言った時の舞の笑顔に、ほんの少し淋しさが混じる。
「最近お兄ちゃん、一人で考えこんでばかりで、いつも怖い目でばかり私の事見て。 だから、嬉しかったんだ。お兄ちゃんがここに放課後来てくれ、って言った時」
「……嬉しかった?」
「うん。小さい頃、よく一緒にここに来て、遊んでくれたよね。 秘密の場所だって言って……覚えてくれてたんでしょ」
 それは幼い頃の、ほんのささやかな居場所。
「ずっと淋しかった。来てくれないんじゃないか、って思って。 でも、来てくれたんだもん……また二人で一緒に遊べるんだよね」
「違うな。二人じゃない」
「え?」
「ここにいるヒトは、俺一人だ。それに……」
「何……言ってるの?」
 その顔に戸惑いを浮かべながら、舞が近寄って来る。その胸に俺は、短剣を突き刺した。
 狙いは正確だった。
 短剣は実体を持たないはずの舞の胸に突き刺さり、紅い血の花を咲かせる。その倒れ行く口から、
「どうして……」
と息が漏れる。
「……それに、俺はお前の兄じゃない」
「そん……な」
 その身に驚きと悲しみを凍りつかせて。
 彼女は消滅した。

 俺の仕事は霊能力者。 分かりやすく言えばゴーストバスター。 今日は学校に憑りつく地縛霊を祓いに来た。
 校門では依頼者の、悠という高校生が待っていた。 舞が本当に待っていた相手だ。
「終わりましたか。これでこの学校は、本当の意味で僕とあなたの二人きりになった訳ですね……」
 言う悠に、俺は無造作に言い捨てる。
「何故、あの舞という子を殺した」
「え?」
 悠の顔がみるみるこわばる。その悠に俺は、手に持った短剣を示す。
「俺はおまえに言ったな。 霊を祓う手っ取り早い方法は、死んだ瞬間の再現だと。 そうしたらお前はこの短剣を俺に渡した。お前の短剣を、な」
 彼女は殺されたのだ。思い出の場所で。信じていた兄の手で。
 理由は知らない。俺に分かることではないし、そんなことはどうでもいい。ただ、
「ただあんたは、あそこに自分で行くだけで良かった。 あんたが顔を見せるだけで、彼女は昇華できたはずだ。 なのにあんたはそれをしなかった。
 責められるのが怖かったか? 罪悪感を感じたのか?
 俺は知らん。ただ俺に言えるのは、あんたは自分の不始末の尻拭いすら出来なかったと言う事だ」
「何言ってるんですか! 僕は……」
「では聞く。何故お前は校門にいる?  それは自分のした事から……
 この学校から逃げ出せず、だからといって校舎の中に入って自分のした事とも向き合えない。 だからこんなところ校門でうろうろしている。それに……」
 と俺は言葉を継ぐ。
「お前も妹と同じ間違いをしているな。ここにいるヒトは俺一人、一人だけだ」
 そう言う俺の手の上で、さっきの短剣が浮かび上がる。
「お前の妹も『一人は淋しい、兄弟二人がいい』……と言っているぞ」
 その言葉が合図になったかのように、短剣が飛んだ。 一直線に飛んだ短剣は、引きつけられたように悠の胸に突き刺さる。
「あ……」
 仰向けに倒れた悠の体は、地面につく前に消え去る。舞と同じように。
 それを見て、俺はボールペンとメモをポケットから取り出した。その余白に書きこむ。
「九月一三日、学校の地縛霊を二体昇華。一体は事故死後、校門付近で留まっていた模様」
 それから俺はため息を一つつくと、手帳を胸にしまい、そのまま歩き出した。
 廃校になった―永遠に放課後の学校を後にして。

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