一緒にいたい人

「私は世界の贄」

 そうつぶやくと、心がズキリと鋭く痛んだ。
 私は選ばれてしまった。私の知らない、私の関係ない世界で勝手に選んで、私が選ばれてしまった。この世界を救うとために。

 しょうがないくらい退屈な日常だったあの学校の日々が、あんなにも、眩しくて貴重なものなんて………思わなかった。ずっと続くものだと思っていた。こんなにもあっけなく終わってしまうものだと知っていたら、もっともっと………たくさんやりたいことをやっていた。あの緑でいっぱいの、あの広い学校で。
 でも、もう、それも叶わない。私が思っていたあのどこか抜けてる男の子にも、私のこの想いも伝えることも、もう出来ない。

 もう、しょうがないんだ。きっと。

 そう心に決めて、私は最後になるだろう晩餐に手をつけた。
…………………………
 ………ダメ。割り切れるわけがない。こんなに震える両手をごませない。
 こわいよ。死ぬのはこわいよ。私一人だけ死ぬなんて、そんなの………ヤだよ。もっと生きて、もっと生きて……一緒に……

 暗雲が立ちこめた空。その下にそびえ立つ漆黒の……祭壇。そして私の服は世界の澱を濾したような闇色。
 聖なる祭壇で執り行われる聖なる儀式。もし、本当に、そうなら……もっと綺麗じゃなきゃダメだと思う。こんなの、全然、聖なるものになんか……見えないよ。
 ………それとも、これが、本当の、現実というものなの?

 両脇を兵隊に固められ、私は一段ずつ歩を進め、上っていく。一段ずつ。
 ……各段に備えられた松明の炎が揺らめいていた。その炎の列が指す先、そこが私の終点だった。
 光が等間隔に並び、始まりと終わりが結ばれ環をなす、その中心。そこが私の、贄として捧げられる場所だった。

 湿気をはらんだ風が吹きはじめた頃、私は祭壇に縛り上げられた。何かに怯えるような目つきで全てを終えた兵隊たちは、慌ててこの祭壇を駆け下りていった。
 時刻は夕闇も消えた夜。見えるのは松明によって照らし出される場所だけ。
 ……私は、また一人になってしまった。ただ一人、世界を救うために捧げられるこの身。誰からも惜しまれることなくこの世を去る身。もう、希望を持つことさえ許されないこの身。

 ………え?

 遠くからかすかに聞こえた私の名前。しかもその声って、まさか――
 祭壇を駆け上がる軽やかな靴音。揺らめく明かりに浮かび上がるその影。聞こえてくる上がった息づかい。そして私の目の前で立ち止まる彼。

 ……でも、ダメ。ここで彼と行ってはいけない。……そうしたい……けど。

 私を助けたら駄目。しょうがないのよ、これが決まりなんだから、そう言葉を絞り出した私に彼ははっきりと言った。
 そんなのが、君が死んでいい理由になんかなるわけないじゃないか。
「だから君は僕が守る。命にかけて守ってみせる」
 っ……なんで目頭が熱くなるのよ――
「なんで、そこまで――」
「君のことが好きだから……それじゃダメ?」

 ダメなわけないじゃない!
 ……私だって……好きなんだから。一緒にいたいんだから。

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