生と死

 真っ青な空が頭上を広がる。 それが別の事を忘れさせてくれるはずだった。 それがいつ来るかは分からないが、いつ来てもおかしくないのは知っていたはずだった。 でもいざ来てみると、逃げ出したくなる。
「ぐぅっ!?」
「なにぼうっとしている。行くぞ。」
脇腹の痛みを抑えながら、隊長の後について行った。

 俺は今年で20歳である。 本来なら帝国大学の大学生のはずである。 大学生なら軍隊に入らなくてすむ、そう言われて必死に入った大学。 にも関わらず徴兵猶予は取り消され軍隊へ。 海軍航空部隊に編入され、九州に移された。 ある時、隊長に集められ横隊になった後、こう告げられた。
「特別攻撃隊に志願するものはいないか?」
数10秒の沈黙の後。
「お前らは本当に祖国を思っているのか! 俺はこれに志願する。俺に付いて来るものはいないか?」
その時、何かに釣られるように足が自然と前へ行った。 もう、後戻りの出来ない一歩だった。
 最後には、20人の隊員の中から5人“志願者”が出た。 その日から、待遇が断然良くなった。 2度しかない麦飯が、家を出て以来見た事なかった銀シャリ[めし]に変わり 3度の飯でるのだ。しかもしっかりと漬物・味噌汁がついてくる。 噛むたびに感じる、あの甘さ。感慨深いものだ。
 しかし、あのような思いが出来るのは代償があるため。 後、何日で出発の用意が出来てしまうのか。

「我々の任務は沖縄を侵略する米軍を全滅させるだ。 帝国海軍も同時に動くそうだ。これほど心強い事はない。 我々が受けた命令、それは敵艦へ突入せよ。以上解散」
隊長にそう告げられた時、心臓は跳ね上がりそうだった。 それは“出発”の3日前の事だった。
 その夜は眠れなかった。 親父とお袋の顔が目の前に浮かび上がった。 東京は毎夜毎夜空襲にさらされていると言う。 空襲の情景が目の前に浮かぶと、自分の悩みなど些細なものに思える。
 陛下の為、お国の為、家族の為。
自分を犠牲にして、他が助かるのは本当に必要な事なんだろうか? 無駄死にではないだろうか?

 「沖縄死守の為、健闘を祈る。」
俺にとっての喪服に着替え、飛行場に集まった。 全員に酒が振舞われ、上官のお言葉を授かった。
 そんなの、クソくらえだ。
そういうことはおくびにも出さず、航空機に乗り込む。 片道の爆弾の塊、神風特別攻撃隊。 神風、それは北条執権の時にモンゴル兵を追い払った風。 2度襲われたが、2度とも神風で吹き払った。 その様な風に俺はなれるだろうか?
 パラパラパラパラ
エンジン音が徐々に高音になり、それに合わせてプロペラの回転数が上がっていく。
「出発!」

 真っ青な空、いつも見上げていたそこに、俺がいる。 いや、それはもっと上の事だろうか? 上も下もどちらも青。濃いのはやはり海のほうだ。 快晴で、風もそれほどなく順調であった。 6機の攻撃機はV字になって飛んでいる
 先頭を行くのは、隊長機。 今、隊長は何を考え、飛んでいるのだろうか?
キラン
 何か、海上で光ったものがあった。
敵艦だ! すぐに隊長から攻撃態勢への命令が伝えられた。 瞬時に、教えられた事が頭を駆け巡った。 狙う空母、艦橋近くにある燃料庫に突っ込めば一発で沈められる。
 どんどんその姿が大きくなってくる。
ボン、ボボン、ボン
 対空砲火の花が咲き始める。
ガッシャーン
 斜め前を飛んでいた仲間が火だるまとなって落ちていく。 それを発端としてか次々にと落ちていく。 海上に落ちると巨大な水柱を上げる。 俺は、成功させる!
 隊長機はまだ先頭を行く。 視界に大きく広がっていく空母の甲板。 その上を走る一人一人の兵が見える。 兵がいる?そうか、これは戦争か・・・・・ 沈むのは船だけでない。乗っている人もだ。
 そう思った時、
ゴゴゴゴン
 鈍い音とともに、衝撃が身体に伝わる。 左翼が・・・半分消えていた。 コントロールが思うように効かない。 進路が左に曲がり始めていたが、もう空母全体を見るのは不可能な位置に来ていた。
ガッシャーン
上の方で爆発音がした。その直後、
グワーン
空母[ふね]が悲鳴をあげていた。 そして、俺の機体も距離が100mを切った。 そこから奇妙に感じた。 妙に時間が進むのが遅く感じる。 むしろ連続でとった写真を一枚一枚見ているようだ。
 変化していく兵士一人一人の表情。迫り来る鉄の壁。 対空砲の弾丸が風防に当たり、砕け散るひとつひとつの破片。 身体中に突き刺さる一つ一つの痛みを感じた。 顔から流れ出る血が視界を邪魔した。
 それでも尚、俺は操縦桿を握り締めたまま距離を縮めていった。 そしてそれが0になった時、意識はホワイトアウトした。

 気がつくと、俺はその空母の甲板に立っていた。 辺りを見回すと、隊長がいた。 よくみれば憎むべきアメリカ兵もいた。 だが、そんな感情は浮かんでこなかった。
 いつの間にか抱擁しあっていた。 涙が込みあがってきた。 俺は、一体なんて事をしたんだろう、と。 俺は今までアメリカ兵と戦ってきた、と思っていた。
 しかし、それは大間違いだった 俺の頭が認識していたのは、物だった。 その中に人がいる、肝心なそれが抜けていた。
 今まで何人殺したのだろうか? 抱擁したアメリカ兵の顔、その顔はどこか見た事ある顔だった。
『ようやく分かりましたか』
 上から声が響いた。 女神のような人が空にいた。あの真っ青な空だ。 背中からは羽が生え、はばたいていた。 天使、というものだろうか?
『同じ人間同士の殺し合いはもう見たくありません』
「教えてくれないか、この後どうなるかを」
 何となく分かった、今俺のいる場所。 だから頼んでみた、天使に。 別に俺は信心深いわけではなかった。 こうして目の前にしてみてみると万能のように見えるのは俺だけだろうか?
『いえ、教えられません。なぜならそれはあなた達が創るものだから』
そう言って彼女が手を広げると、眩い純白の光に俺は包まれた。

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