君を守る理由

 暗い道を進んだその先にその入口はあった。
 入口にいた男は僕の姿を認めると壁から背中を離し、その入口を塞ぐように僕の行く手を遮った。両手を置くその剣の柄に嵌められた結晶が示すのは彼の身分、王立親衛騎士団団長の証。
 白を基調に金糸で飾られた制服に袖を通した男は確認するように、自分に一言問うた。
「覚悟は出来たのか?」

 王都の東。王立魔術師養成学校。王国の唯一にして最大の魔術師養成学校。国中の子供、[よわい]12から18の素質ある者を集めた全寮制、6年制の魔術学校。
 王国の魔術の伝承と向上を目的として建国時に莫大な費用を投じられて造成されたこの学校は広大な敷地を誇り、敷地の中央の噴水広場を囲むように3方を3つの大きな講義棟、残りの一方を無限の蔵書量を誇る図書館が配置されている。
 その外側には学年ごとの寮、そして間を埋めるように木々や季節の花が散りばめられている。そうした憩いの場の一つに、僕は一人足元に荷物を置き、人を待っていた。

 太陽も高い夏の昼。天から注ぐ眩しい日差しは幹の伸ばす葉によって受け止められ柔らかな緑光が辺りを照らしていた。そこへ――
「久しぶりー」
 たたた、と黒のワンピース姿の女の子が片手に教科書を抱えて駆けて来る。魔術学校2年生、ついでに言えば幼馴染の彼女。同じ学年であるのにまともに話せるのは1週間ぶり。成績に合わせて3つある講義棟に振り分けられるため、なかなか日中に顔を合わせることなんて出来ない。寮でたまに顔を合わせることがあっても、入口で男女の部屋が分かれるからいつも挨拶するのが精一杯。だから週に1度だけ会える今日がとても貴重な日なのだ。
「ここなんだけどさ」
「あ、ここ?ここは――」
 彼女は早速教科書を開き、僕を手招きした。

 魔術学校に入れられて以来ほとんど会えなくなってしまって、週に一度の休日を利用して会うことだけは貴重な日になっているにも関わらず外に出ることは許されことなどはなかった。そんな時、彼女が提案してきたのがこの「補習」だ。
「――悪い。遅くなった」
 そこへゆらりと背の高い影が僕と彼女に落とされた。
「これでいいのか?」
 と僕に手渡されたのは、分厚い魔術書。丁寧にお礼を言い、早速中身に目を通す。――横で彼女が何か言っているのはとりあえずタンマをかけておく。目的のものが書いてあるかを確認した僕は持ってきた荷物の中から、やっぱりこれもまた分厚い魔術書を取り出し彼に渡す。
「貸して頂いて、ありがとうございました」
「いや、こんなものなら……」
 僕たちが魔術学校[ここ]に来るきっかけとなった白の騎士は、いつものように何か申し訳なさそうに受け取った。

 彼女が待つその入口を前にして僕に問いを示した白の騎士。僕の中でその答えは既に出来ている。
「……はい。出来ています」
 僕に覚悟は出来ている。彼の鋭い目線を逸らすことなく僕ははっきりと答えた。
「この国の全てが滅びても、か?」
 ずっしりと重い何かが僕の胸を押しつぶそうとする。すごく苦しい。でも、それでも――
「やっぱり僕にはこれ以外に考えられないです」
「…………そうか」
 入口を振り返り、外の様子を伺う彼。一つため息をつき、
「ならば、俺も力を貸そう。あそこへ連れて行くことは保証しよう。
 ……それから後はお前の力次第だ」
 そう言って飛び出した彼の後を追うように、僕は運命の一歩を踏み出した。

 入学以来続けてきた1週間に1日だけ会うという些細だけれども続いた日常。
 そんな日常が突然崩れるきっかけはこの国の成り立ちが理由だった。
「なんで……なんで彼女なんですか!!」
「俺が決めたことじゃない。……この国に生まれたことを呪うんだな」
 秋も過ぎ冬が訪れようとする季節。二人っきりでいたところに訪れた騎士は残酷な事実を突きつけた。魔術に力を求める代償、その贄。毎年の終わりに捧げられるそれに指名されたのは他でもない、僕の隣に座る彼女。肩で触れている彼女は僅かながら震えて青ざめていた。
 ただその事だけを告げた彼はその場から立ち去っていた。僕の沸騰した頭では彼をとどめることは出来ずただ見送ることで終わってしまった。

 入口からの突然の侵入者にも一時の混乱はしたものの、その後は完全に統率された行動で護衛の騎士達は僕と彼を取り囲んだ。圧倒的不利にしかなりえない状況のはずなのに今は均衡、むしろ彼が騎士たちを押していた。
 裂帛[れっぱく]の気合と共に放たれる剣気。彼が習得してるのはただ剣術じゃない。魔法剣と呼ばれる、魔術も絡めた剣術。それをもって警備に出ている騎士団を薙ぎ払っていた。
 彼女のところへと行かせまいと彼らが押し迫る。それをもろともせず突破していく彼。子供の頃に一瞬だけ見せてくれた剣技を遥かに上回る技を駆使する彼。
 僕にも力はある。だけど使おうとした僕を彼は押しとどめた。
「お前にはまだ仕事がある」
 そう言った彼はただ一人幾千万の敵を相手に向かっていった。僕はただ後ろについていくだけ。
 1週間ほどで築き上げた祭壇の最上段に目を向けると見慣れた彼女が見慣れない服装につつまれていた。当然そこから逃げ出せないように十字に組まれた木に縛られていた。

「お前ならそう言いだすと思ったがな」
 その日まで1週間と言う日。僕は彼をいつもの場所へと呼び出していた。……ただそのいつもの場所に座る彼女の姿はもういない。彼女を助けたい、どうすればいいと僕は彼に助言を求めた。
「だが、国の法は国の法だ。どうあがいても国の下に生きる俺たちにそれは無理だ。
 ……諦めろ」
 それだけ言って彼は去っていった。呆然と立ち尽くす僕の目に留まったのは、彼が立っていたその足元に落ちていた丁寧に折り畳まれた一枚の紙だった。すがる思いで細かく書かれたそれを読みいった。

 祭壇の最上段。その周りには護衛の騎士は一人もいない。……来るべき時間が近いことを悟った彼らは恐れて逃げて行ったのだ。
 彼女の名を叫んだ僕の声が届いたのか、こちらを振り向く彼女。私を助けたら駄目。しょうがないのよ、これが決まりなんだから、と無理に笑う彼女に僕は言い切った。
「そんなのが、君が死んでいい理由になんかなるわけないじゃないか」
 だから君は僕が守る。命にかけて守ってみせる。
 何故そこまでと問う彼女に僕は答えた。
「君のことが好きだから」
 それじゃ駄目?との問いに彼女はようやく諦めた。
 白の騎士の手も借りて彼女が拘束されていたその場所から下ろした。
 準備はいいのか?と問う白の騎士に僕は大きく頷いた。一つ呼吸をし、その時に備え体中の魔力、周辺の魔力を自分の元へとかき集めた。

――そしてほどなくして、彼女が縛られていたその場所に異界の門が開かれた。

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