花咲く真夏の笑顔

「絶対君を守ってみせる」

 軍服に袖を通す時、彼女に誓った言葉。
 夏の暑い日差しが注がれる中で誓った言葉。

 彼女には笑い飛ばされてしまったけれど。
 どうあがいても彼女と肩を並べられないことは知っていたけれど。

 それでも、あの日の真夏の太陽みたいな笑顔を向けてくれる彼女は失いたくなかった。
 あれは3年前。士官養成学校の卒業式の後のことだった。1年目からずっと同じクラスだった彼女を呼び出したときのことだ。
「何言ってるの。私が君を守るんじゃない」
 と笑いながらもOKしてくれた。

 そう言われるのも無理はない。何せ彼女は前線で体を張る小銃隊の士官候補生。そして僕は後ろで控える治癒士[ヒーラー]なのだから。
 魔弾や銃弾。そんな人智の結晶がぶつかり破壊が競い合われる戦争。
 そんなところで僕は、彼女を死なせたくなかった。
 学校2年目の進路決めのときは、迷わず今の治癒士[ヒーラー]を選んだ。運動神経はとても彼女には及ばない。なら彼女と一緒じゃただの足手まといだ。だから、せめて彼女が傷ついたときに助けられる治癒士[ヒーラー]を。

 今こそその誓いを果たすときだ。

 つい十数分前に運び込まれてきた彼女。
 顔面蒼白で意識が全くない。戦場の土埃で汚れた制服を染める朱の色が痛々しい。いわく出血多量が酷すぎて看護士では対応できなかったとのこと。
 ならここは自分の力を見せるときと頑張った。
 救護とは全く異なる概念「治癒[ヒール]」による療法。それが僕に出来る。
 血糊でくしゃくしゃになった彼女の髪に手櫛をかけて整え、そっとその顔を眺めた。依然、意識が戻らない彼女は弱々しい息遣いだった。僕にはその顔に苦痛が満ちているように見えた。彼女を助けられるのはここでは僕だけだ。
 そして、一呼吸を置いて始めた。
 胸に手をあて丹田から湧きあがる力を練り上げ、掌を通して彼女へ注ぎ込む。4年間で習った治癒と呼ばれる魔術の全てを注ぎ込む。
「癒しの光よ」
 言葉を鍵として注ぎ込んだ力が自分のイメージと共鳴を始める。次第にせせらぎの音が耳鳴りとして響き始める。光り輝く黄金の色が当てた掌を基点として拡がり部屋全体を包み込む。
 幾度も繰り返した治癒の基本にして最も効果があるといわれる術。彼女に注ぎ込んだ力を原動力に代謝の促進を高めることで癒す術。
 やがて柔らかな光が漸減し、見えてくる彼女の顔。……が、蒼白だった。
「な、なんで――」
 破れんばかりに心臓が早鐘のように高鳴る。
 力の構成の編み方も、その注ぎ方も問題はなかった。なんで、彼女に限って――……

 もう1度初めから始める。ぐちゃぐちゃで壊れてしまいそうな心を落ち着け、自分の力を練る。このときの練り方の完成度で八割方結果が決まると教わった。そして、彼女の胸に当てた掌を通して――
「お、おい!ここもやばいから撤収だ!」
 勢いよく蹴り開けられた扉から血走った兵士が叫んだ。

――冗談じゃない。彼女を助けるのが先だ。

 彼を無視し、続けようとした僕に彼は駆け寄って、
「だから、はや――」
 怒涛のような衝撃がその場を突き抜けた。

 とっさに彼女にかぶさり、ベッドへと倒れこんだのが幸運だった。横にいたはずの兵士は、もう原形をとどめていなかった。……床に出来た歪な血の文様とかつて兵士だったモノがその最期を物語っていた。
 彼女は?と慌てた僕の頬に彼女の小さな息があたった。……良かった、生きてるなら助けられる。
 先程まで雨を遮っていた屋根は壁もろとも喰われて、その用途を成していなかった。全身が小さな水粒に打たれるのは全く気にならない。ベッドに歪んだ雨の染みがいくつも浮かび上がる。

 呼吸を落ち着け三度となる力の練り上げを始める。遠くからいくつもの知らない音(こえ)が耳に入るが、意識の範疇には入らない。
「お願いだ、死ぬな……死ぬなよ!!」
 治癒を発動させ、再び光が辺りを立ち込めた。
「あの時誓ったんだ……だから、だから!」
 もう1回君の笑顔を見せてくれよ!
 自分の全てを出し切った、その術。反動で重い重い脱力感が襲った。
「くっ……」
 彼女は目をあけてくれなかった。そのことで一層力を失って床に倒れこんでしまった。
 自分が雨で泥まみれになろうが気にならなかった。でもなんで……
 頭に浮かび上がるあの時の彼女の笑顔。きらきらと輝いていていた目。端正な彼女が僕にかけてくれるものが僕にとって全てだった。生き甲斐だった。
 そんな彼女がいなくなるなんて!
 想像出来ないよ、そんなもの。これからどうしろって言うんだよ。……正直、もう生きていく意味が見出せない。

「まだ、残っている[ヤツ]がいたのか!」
 雨など全く気にせず、倒せと呼ばれた相手の制服を着た兵士が近づいてきた。銃を突きつけられ重い体を引きずりノロノロと立ち上がる。彼は彼女に目をやることもなく早口で命令する。
 僕は無抵抗を示すため両手を頭の後ろにつけた。もう、お終い、だ……
「ほらっ歩け!」
 銃口で背中をつつかれ、彼が入ってきた扉へと足を向ける。
 ……不意に鈍い音と金属音が響いた。恐る恐る振り向くとそこには銃を落とした兵士が水たまりに顔から突っ込んで倒れていた。
「え?」
「ごめんね、色々と」
 そこに彼女が立っていた。いつの間にか雨が止み、割れた雲間から差した陽光が彼女を照らしていた。
 あまりの幻想的なその光景に言葉を失って惚けてしまった。
「や、やめてよ。恥ずかしいじゃない。ほ、ほらっ……帰ろう?」
 誤魔化すように駆け寄って僕の手首を取った。そこから伝わる彼女の暖かさを感じて思わず顔が熱くなった。
 ずんずんと引っ張られ、視界に入るのは彼女の濡れた背中だけ。そこにくるっと振り返った彼女の照れた顔が割り込んだ。一瞬、虚空を見るように目線を上げ逡巡した後、
「あの、その……ありがとう」
 真夏の太陽の下、はじけた笑顔がそこに花咲いていた。

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