君との舞台

 ちょうど今は舞台の裏。10mという高さの暗闇にたたずむ天井。すぐ脇には舞台のバックスクリーンが照明が落とされた中、威圧するように黒々とその限界までそびえ立っていた。
 壁一枚隔てたステージでは鳴り響く音楽に合わせて披露する友人の姿がある。直接見えなくてもその姿は目に浮かばないはずがない。
 次は自分の番。高鳴る心臓は到底押えられそうにない。

 今日は入学してから今まで『魔術』を学んできた全てを披露する発表会。卒業式を数日前に控えてのこの発表会で今まで頭を悩ませてきた成績なんてものはつかない。
 だから何も恐がる必要なんてないのに。

――それなのに、この震える指先がなんでこの目に映るのだろう?

 恐がってなんかいない。怖いんだ、きっと。
 理由が分からないから「怖い」。
 気楽にのぞめばいいのに何だか妙に気合入れちゃって深夜にこっそり練習したせいだろうか?

「君、毎日練習してるの?」
 以前から気になっていた同じクラスの女の子だった。ちょうど本番3日前の深夜零時、こっそりと忍び込んだ晴舞台となるステージに立つ僕を彼女は開け放った入口の大扉から見ていた。
 口にしようとする言葉が浮かんでは消え、結局は小さく頷いた僕に彼女はかわいらしく右手を口にあててくすっと笑った。ゆっくりと中央の通路を進み、
「私も混ぜてもらえるかな?」
「う、うん」

 そうして一緒に練習して3日経った今日、今。ここにいる。
 壁越しに聞こえる音楽はもう終わりに近い。……もうこうしていられる時間も少ししかない。

――あの子は、彼女は、僕を見ていてくれるだろうか?

 押えようとしても耳に響く靴の音を従え舞台袖へと向かった。
 真っ暗なここから見えるのは。輝く舞台で、最後の演技をしている友人だった。照明に浮かび上がる彼は、これ以上ないくらいきらめいていた。
 僕は彼のようにちゃんと出来るだろうか?
「ほら、次よ。」
 舞台袖のすぐそばのパイプ椅子にすわった教員が声をステージの方をちらっとみながら促した。ちょうど真っ暗な舞台袖まで漏れてくるステージの明かりが僕の靴の先をかすめていた。

――これを踏み越えたらもう後には戻れない。

 そんな気持ちにさせるものだった。かすかに足先が震えてるのが自分でも分かった。
 考える暇もなく会場全体のアナウンスで自分の名前が呼ばれ自分の出番であることが告げられた。理由も分からないまま足が勝手に前へと運ばれ、体から余計な力が抜けた。

 目が眩むほどに照らし出されたその舞台[ステージ]に僕は立っていた。1000人は収容できるようなこの大きな会場を埋め尽くす観客。もちろん生徒だけでなく保護者はもちろん地元のマスコミもその席にいた。
 そこから降り注ぐ熱い視線に僕の心は押しつぶされそうだった。だけれど身体は自由に動いてくれた。

「I just wanna say "Thanks" to this stage and everyone.」

 真っ白になった自分から出たこの言葉をきっかけに音楽が奏でられ始めた。
 音楽に合わせて紡がれる[うた]が呪文。身体をみなぎる魔力がそれに呼応し奇跡[まほう]を描き出す。
 口から漏れる歌声、輝く光に鳴り響く小さな爆音。それら全てが音楽と渾然一体となった舞台を創り出していた。
 全てが終わった時、拍手喝采がそこにあった。全てを出し切った自分には満足より何か物足りない空虚なものを感じていた。そう、彼女は?
 慌てて見回しても観客席にも彼女はいなくて――

「ほーら、出番だって。行くわよ?」
 くっきりと見える白壁の天井にぼやけた彼女。
 はっとするとそこは控え室。いくつか置いてあるソファの上に僕がいた。
 一体僕は……?
「寝ぼけてるんじゃないよ?本番なんだから」
「う、うん」
 右手首をつかまれ、ずんずん突き進む彼女に連れられていく。二人で明るい照明の控え室から暗い照明の廊下、そして真っ暗な舞台袖へ。
 そう、舞台は彼女と二人でやることにしていたのだ。彼女を先頭に明るく照りかえるその場所へと向かった。

「I first wanna say "Thanks" to this stage and everyone.」

 そうして彼女と二人の合唱[ステージ]が始まった。ソプラノとテノール、2つの混声が不思議な魔法をその場へと創生した。
 靄のような幻惑がステージを覆う。そこにぼんやりと浮かぶ僕と彼女。二人で息を合わせ詩を歌う。
 時折放たれる魔法の光は観客の感心と驚嘆の表情を映し出し、やわらかな音色にあわせその色を変える。
 舞台は、観客席は、もうその境界線が引けないほどの一体となっていた。自他の確認が出来ない。そこにあるもの全てが音楽だった。
 やがて終曲[フィナーレ]が近づくにつれ幻想は解かれ、僕と彼女は舞台へ降り立っていた。一緒に声を合わせ、それを歌った。

「I just wanna say "I love you"――」

 歩み寄り、きょとんとした彼女を抱きしめた。

「to you.」

 巻き上がる歓声の中、彼女も僕の背に手を回しそっと答えた。

「I love you, too.」

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